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横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)2054号 判決 1989年9月07日

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 川村清

被告 甲野二郎

右訴訟代理人弁護士 小柳晃

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金二三二六万四七三二円及びこれに対する昭和六二年一〇月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

二  原告の請求原因

1  甲野太郎(以下「亡太郎」という。)は昭和六二年一〇月三〇日死亡し、その法定相続人は長男である原告、二男の被告及び長女の乙山春子である。

2  亡太郎は、昭和六二年二月二七日公正証書により左記の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

(一)  亡太郎所有の茅ヶ崎市《番地省略》畑二四五平方メートルのうち被告名義のアパートの敷地部分及び同所同番八畑三七八平方メートルを被告に相続させる。

(二)  遺産の中から二〇〇〇万円を乙山春子に相続させる。

(三)  その余の遺産はすべて原告に相続させる。

(四)  原告を遺言執行者に指定する。

3  原告は、亡太郎死亡後直ちに本件遺言の遺言執行者に就任することを承諾した。

4  被告は、亡太郎の遺産のうち、左記の預金等を保管していたところ、預貯金を全額払い戻し、現在預金としてこれを保管している(以下「本件保管金」という。)。

(亡太郎名義分)

(一) 定額郵便貯金 三四四万〇六〇九円

(二) 預金(三菱銀行茅ヶ崎支店) 一一一万〇四二九円

(被告名義分)

(一) 定額郵便貯金 二五〇万円

(二) 預金(三和銀行船橋支店) 六〇万円

(甲野花子名義分)

(一) 預金(三和銀行船橋支店) 六〇万円

(二) 預金(三和銀行溜池支店) 五〇万円

(三) 定額郵便貯金 一〇〇万円

(甲野松子名義分)

(一) 預金(三和銀行船橋支店) 六〇万円

(二) 預金(三和銀行溜池支店) 五〇万円

(三) 預金(三和銀行五反田支店) 六〇万円

(甲野竹夫名義分)

(一) 預金(三和銀行船橋支店) 六〇万円

(二) 預金(三和銀行日本橋支店) 六〇万円

(三) 預金(三和銀行五反田支店) 六〇万円

(甲野梅夫名義分)

(一) 預金(三和銀行船橋支店) 六〇万円

(二) 預金(三和銀行五反田支店) 一〇五万五〇〇〇円

(現金) 七八五万八六九四円

総計 二三二六万四七三二円

5  仮に、原告が本件遺言の遺言執行者でないとしても、原告は、被告が乙山春子の相続分である二〇〇〇万円を同人に支払わないので、原告が被告に代わって乙山春子に同金員を支払った。

また、被告が保管中の金員のうち、右二〇〇〇万円以外のものは原告の相続分である。

6  よって、原告は、第一次的には本件遺言の遺言執行者として被告が保管中の前記金員の返還を求め、第二次的には、乙山春子に代位弁済したことに基づく求償権の行使及び自己の相続権に基づいて被告が保管中の前記金員の返還を求め、更に、これが認められないときには、不当利得の返還請求権に基づいて被告が不当に利得した右同額の金員の支払いを求める。

三  被告の認否

1  原告の請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、公正証書による本件遺言の存在及びその内容は認めるが、亡太郎が右公正証書の作成を公証人に嘱託したことは否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同5のうち、乙山春子に対する金員支払いは知らず、その余の事実は否認する。

四  被告の主張

1  本件遺言は左記の理由により無効である。

(一)  亡太郎は遺言の趣旨を公証人に口授していない。

(二)  亡太郎は老衰のために耳が聞こえず、公証人が読み聞かせた内容を聞くことができなかった。

2  仮に本件遺言が有効としても、本件遺言は執行の余地がないから、遺言執行者としての地位に基づく請求には理由がない。

3  また、原告は、左記の理由により亡太郎の相続人となることができない。

(一)  亡太郎を欺いて本件遺言をさせた。

(二)  亡太郎の他の遺言書を隠匿した。

4  さらに、本件遺言が有効で、原告に相続権があるとするなら、本件遺言による相続分の指定は被告の遺留分を侵害するので、ここに減殺の請求をする。

5  後に原告が主張する本件遺言の公正証書作成の経過は否認する。

五  原告の認否と反論

1  被告の主張1の事実は否認する。

本件遺言の公正証書作成の経過は次のとおりである。

すなわち、亡太郎が原告に対し本件遺言と同旨の内容を話し、これを遺言として残したい旨述べたことから、原告は亡太郎が述べた内容をメモして公証役場に赴き、公証人川名秀男に対して右メモ作成の経過を述べた。そして、同公証人は、右メモに記載された遺言の内容を公正証書用紙に清書したうえ、昭和六二年二月二七日原告宅に赴き、右公正証書の写しを亡太郎に交付し、同公証人において一項ごとに区切ってこれを読み上げ、了解できた場合には亡太郎が「うん。」と頷き、また必要な時には自ら発言して内容を確認し、最後に亡太郎がもう一度最初から読み直したうえで、右公正証書に署名し、亡太郎の了解のもと同公証人において亡太郎に代わって押印して本件遺言の公正証書が作成されるに至ったものである。

2  同2は争う。

3  同3否認する。

4  同4は争う。

六  証拠《省略》

理由

一  亡太郎が昭和六二年一〇月三〇日死亡したこと、同人の法定相続人は長男である原告、二男の被告及び長女の乙山春子であること、昭和六二年二月二七日公正証書により亡太郎を遺言者とする本件遺言が作成されていること、本件遺言には、遺産のうち、茅ヶ崎市《番地省略》畑二四五平方メートル(但し、このうち被告名義のアパートの敷地部分のみ)及び同所同番八畑三七八平方メートルを被告に、二〇〇〇万円を乙山春子に、その余はすべて原告にそれぞれ相続させる旨、並びに原告を遺言執行者に指定する旨記載されていること、亡太郎の遺産のうち、被告が本件保管金を保管していること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件遺言の効力について検討する。

1  まず、《証拠省略》によると、左記のとおり本件遺言の公正証書の作成経過が認められる。

(一)  原告は本件遺言と同旨を記載したメモを持参して公証役場に赴き、公証人川名秀雄に対して右メモに基づく遺言公正証書の作成を依頼した。川名公証人は右メモに基づいて遺言の内容を公正証書用紙に清書したうえ、昭和六二年二月二七日原告宅に赴き、証人として丙川夏夫及び丁原秋夫の立会いを得て遺言公正証書の作成を行った。

(二)  川名公証人は、ベッドで上半身を起こしていた亡太郎に右公正証書の写しを交付したうえ、これを一項ごとに区切って読み上げ、その都度亡太郎が頷くのを確認しつつ読み上げを続行した。最後に亡太郎が右公正証書に署名し捺印は公証人が代行した後、立会った証人たちも順次署名、捺印して作業を終了した。

(三)  この間、亡太郎は公証人が公正証書に記載された遺言の内容を読み上げるのを無言で聞きながら、その都度無言で頷いていたが、自ら遺言の趣旨を口授することはなかった。

2  右の各事実によると、本件遺言は亡太郎の意思に基づいて公正証書によりされたものであるが、公証人においてあらかじめ原告が持参した書面に基づいて遺言の内容を公正証書用紙に清書したうえ、その内容を遺言者である亡太郎に読み聞かせ、亡太郎がこれに頷いたことをもって同人の遺言意思を確認して亡太郎に署名捺印をさせて遺言公正証書を作成したもので、民法九六九条二号所定の「遺言者の口授」を欠くものである。

よって、本件遺言は、公正証書による遺言の方式に違反する無効なものである。

三  そうすると、本件遺言が無効である以上、原告を本件遺言の遺言執行者とする指定部分も無効であるから、遺言執行者としての原告の本訴請求はその前提を欠くことになり、失当である。

また、本件遺言により定められた乙山春子及び原告の各相続分の部分も無効に変わりはないから、これを前提として求償権の行使と相続分の返還をいう請求もまたその前提を欠くことになり、これまた失当といわなければならず、遺産分割が未了の間に相続人の一人である被告が遺産を保管していることは何ら不当利得を構成しないから、不当利得をいう原告の主張も失当である。

四  よって、その余の点の判断をするまでもなく、原告の本訴請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮岡章)

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